卒園式、卒業式が終わり、在校生も明日は修了式を迎えます。卒業や進学だけでなく生活の変化や気分の一新も、前向きなこととして「おめでとうございます」と他人にも自分にも言いたい時期です。 今日のブログは3月議会が終わって早10日、ちょうど10回目だった一般質問についてです。(⇒動画もあがっています)
今年は町政施行70周年として様々な行事が続いています。
70年前、町名は先にあった小学校名から取り「開成」となりました。この町ですくすく育つ子供たちが集う学校を、地域が一丸となる(2つの村が合併する)ときに中心に立て、子ども達が成長し明るい未来に向かうように町も…と希望に満ちた名付けだったのではと想像します。
※「開成」は「開物成務(かいぶつせいむ)」を由来としており、それは「物事(人々)の知識を開いて成すべき務めを成す」といった教育を意味する言葉であると以前も書いていました。⇒「一般質問#5『開物成務』を知らない町民が増えている」
4,50年前に掲げられていた「教育の町 かいせい」。当時はなぜ教育の町だったか。
昭和4,50年代の「広報かいせい」には、町のキャッチコピーとして「教育の町 スポーツの町 事故のない町」と書いてあります。当時こう掲げていた町長さん(露木甚造氏)は5期20年も務められていたからか、耳に残っている町民はとても多いようです。
当時は何をもって「教育の町」と掲げていたのか、それは当時の「広報かいせい」や甚造氏の記事を読むと分かります。今ある開成幼稚園の新設や、文命中学校の校舎と体育館の改築、また民間保育所支援といった、町内の幼児~中学生の教育環境の整備が推進されていた時代のようです。
では、今は? 同じ「教育の町」といっても、別のかたちとなるはずです。
でも、そもそも今は「教育の町」と掲げるには今少し…と、町長も教育長もまだ伸びしろがあると認識しているから、個人的にも町としてももう掲げていないという現状が、今回の一般質問の冒頭から明らかになってしまいました。 ほら吹きだと揶揄されていたという甚造さんとは対照的です。
開成町は教育の町です。戦略的に生かしていく必要もあります。
開成町は名前だけではなく実際に教育の町だと、名前の由来も実態もとくに発信していないから見えていないだけで、堂々と言える環境があると私は思っています。
そして、より強化するには町内での認識を進めること、また人口増を目指しているのだから町外にも発信していくことが必要であると思っています。
現在、町の転入世帯は直近5年間で1世帯あたりの平均人数約1.8人です。 夫婦だけでなく、仕事等の理由で一人で転入してくる人がそれなりにいるようです。 対して転出世帯は1世帯あたり2.5人です。仕事や進学で1人で出ていくより家族で出ていってしまうほうが多いということです。 主に世帯主の転勤理由と思われますが、単身赴任ではなく、子連れ家族が家を建てるタイミングや子どもの進学のタイミングと合わせて町から出て行く場合があると、数字から、また周囲の声から分析できます。 (ご参考:開成町の人口動態)
この町では「田舎モダン」の小さな町ならではの良い教育を受けさせられる、地域ぐるみの温かい教育環境がある、そういう「教育の町」だという町民の共通認識は、移住定住策はもとより、転出の抑止や町の活性化といった効果があると思います。
そして人口増加で話題になる開成町ブランドと「教育の町」だという外部の認識も合わされば、学校教育の本質である良い教員の引き抜きや、国・県の支援にも繋がりやすくなるはずという展望もあります。(この大事なところは議場で言いそびれました)
⇒ なぜ教育の町だと堂々と言えると思うか具体的な話につづく